「アール・ブリュット」ってなんだろう?

「アール・ブリュット」ってなんだろう?

みなさんは「アール・ブリュット」という言葉を耳にしたことがありますか?
実は近年、日本の福祉分野では「アール・ブリュット」という言葉が賑わいを見せています。
アートの話じゃなくて、福祉の話なの?とお思いの方もいるかもしれません。
今回のエッセイでは、そのあたりについてのお話をさせていただきます。

【アール・ブリュットとは】

そもそもの、アール・ブリュットという単語の説明からはじめます。

アール・ブリュット(Art Brut
日本語では「生(なま)の芸術」とも訳される「アール・ブリュット」は、
1940
年代にフランスの画家、ジャン・デュビュッフェ(1901-1985)が提唱した概念です。
主にパリで活動したデュビュッフェは、自身が同時代の芸術家や文化人らと交流を深める中で、
既存の文化の影響を受けずに独特の制作を行う、精神障害者や独学の作り手などの作品に心を惹かれ、
それらを「アール・ブリュット」と呼び、調査や収集を行いました。

(写真1)スイスにあるアールブリュットコレクション外観
※画像引用元:https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g188107-d215386-Reviews-Collection_de_l_Art_Brut-Lausanne_Canton_of_Vaud.html


本来の「アール・ブリュット」は、既存の文化や美術教育とは接点のない、独自の表現によって生まれたものをそう呼びました。
誰が生み出したかということよりも、その背景に重点が置かれていました。
また、スイス・ローザンヌにあるアール・ブリュット・コレクションの前館長リュシエンヌ・ペリーさんは、
アール・ブリュットの作家について「沈黙、秘密、孤独」3つがキーワードだと話しています。
実際、私も約20年前にこのアール・ブリュット・コレクションを訪問したことがありますが、
そこに展示されているたくさんのアール・ブリュット作品から感じたオーラは、
重苦しく、悲しげで、鬱々たるものだったと記憶しています。

【日本でのアール・ブリュット】

日本では「アール・ブリュット」という言葉が広まる前に、「アウトサイダー・アート」という言葉が先に広がりました。

アウトサイダー・アート(Outsider Art
1972年、イギリスの美術批評家、ロジャー・カーディナルが、
フランス語の「アール・ブリュット」をもとに、それに相当する英語として訳された言葉とされています。

一般的には「アール・ブリュット」と「アウトサイダー・アート」には違いがありませんが、
時代背景や作者の意図を考えると、少し意味合いや印象が異なるという意見もあります。

日本で「アウトサイダー・アート」が紹介されたのは、
1993
年、東京の世田谷美術館で開催された「パラレル・ヴィジョン-20世紀美術とアウトサイダー・アート展」がきっかけでした。
この展覧会は、正規の美術教育を受けていない人々、強迫的幻視者や精神病者、心霊術者などの作品に焦点があてられ、
アメリカ、スペイン、スイスを巡回した後、日本でも展示されました。

(写真2)『アウトサイダー・アート 現代美術が忘れた「芸術」』(著者:服部正、光文社新書)

その後2003年に出版された『アウトサイダー・アート 現代美術が忘れた「芸術」』(著者:服部正)でも、
かなり詳しくアウトサイダー・アートやアール・ブリュットについて書かれていますが、
タイトルとしては「アウトサイダー・アート」が使われています。

【アール・ブリュットなのか?アウトサイダー・アートなのか?】

2008年、日本各地で「アール・ブリュット」という言葉が使われた展覧会がいくつも開催されました。

「アール・ブリュット-交差する魂-」(20085月~7月、パナソニック汐留美術館)
「日本のアール・ブリュット展」(20088月~10、るんびにい美術館)
「アール・ブリュット-パリ、abcdコレクションより-生命(いのち)のアートだ」(200810月~11月、滋賀県立美術館)

さらに2010年、日本からの作品が多数紹介される大規模な展覧会、
「アール・ブリュット・ジャポネ展」がパリ市立アル・サン・ピエール美術館(フランス)で開催され大好評を博します。
(その後2011年、この展覧会は日本の福岡、埼玉、新潟にも巡回しました。)
こうして一気に、「アール・ブリュット」という言葉が日本に浸透しました。

2013
年、厚生労働省と文化庁の共同開催で、「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」が開催されます。
既にその会議の中でも「アール・ブリュット」という言葉が多用されているのですが、
会議に参加した構成員からは、アール・ブリュット=障害者アートではないという意見や、
障害者の芸術活動に関してアール・ブリュットという言葉を用いるのは慎重になるべきでは、
との意見も出ており、非常に活発な議論が行われていたことが議事録からもわかります。

ちなみに、障害のある方の芸術活動については、他にもたくさんの言葉がありますので一部をご紹介します。

・エイブルアート
・パラリンアート、パラアート
・チャレンジドアート
・ワンダーアート
・ボーダレスアート      など

これだけたくさんの言葉がある理由は、その当事者の背景や活動目的が同じではないためです。
福祉の方には福祉の背景や目的があり、美術の方には美術の背景や目的があります。
教育、医療、ビジネスなど、どの分野にもそれぞれの背景や目的があります。
また同じ分野の中でも考え方は様々で、その作品や活動を誰にどのように届けたいかによってもアウトプットの表現方法は異なります。

(写真3)アール・ブリュット関連の書籍(筆者蔵書の一部です)

 

【アートなの?福祉なの?】

ここまで読んでいただきお気づきかもしれませんが、アートの話が、途中で福祉の話に移り変わっています。
実はそれこそが日本独自の流れでもあります。
ヨーロッパや欧米では、アール・ブリュットに注目した美術家が、それを広く社会に発信したという背景があります。
プロの美術家は、専門教育を受けていない彼らの表現の奔放さに驚き、魅力を感じ、憧れたのではないでしょうか。
しかし日本ではそうではありませんでした。
プロの美術家は、アール・ブリュットと言われる作品やムーブメントを拒絶し、美術から一定の距離を置いてきました。
一方、福祉の人々は、障害者芸術の素晴らしさを認め、障害者の地位向上、社会参画を目指し、
1990
年代から積極的な活動を展開してきました。
そのため日本では、福祉や教育分野での芸術活動が中心となり、アール・ブリュットを推進しています。
結局、アール・ブリュット=障害者アートではないということはわかっているのですが、
障害のある方の芸術活動を表す言葉を何とするかは今も明確には定義されておらず、
フランス語のArt Brutとは別物の、日本語としての「アール・ブリュット」という言葉が主流となっているのが現状です。

 

【作品の魅力を感じてください】

「アール・ブリュット」という言葉についてよく聞かれますし、様々なご意見も耳にしますので、
今回のエッセイでは少しマニアックな説明をしました。
もっともっと詳しくお知りになりたい方は、是非、色々と調べてみてください。
服部正さんが著書の中でおっしゃっていますが、
アール・ブリュット(またはアウトサイダー・アートなど)としてカテゴライズすることに意味があるのではなく、
そうしなければ見落としていた表現、忘れ去られていく表現を守ることができる、そこに意味があるのだと私も思います。
アートなのか、そうではないのか、それは誰にもわからないかもしれません。
ただ、私はもっと純粋に、その魅力を感じてもらいたいと強く願っています。
毎年123日から129日は、障害者週間です。
その前後で、各地で障害のある方のアート作品が展示される機会が増えます。
機会があれば展覧会に足を運び、是非、実物のアート作品・表現をご覧になってください。

 

ダブディビ・デザイン 柊伸江
2024
1118日配信

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